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携帯電話が人を
2012-01-05 Thu 22:57
携帯電話が人を操作しているのではないか?

最近、電車に乗ったり、歩いてたりすると、
常に携帯電話(以下ケータイ)の画面を見ている人々を見かけます。
恐らく電話をしていたり、メールを打っていたり、ネットで何かを見ていたりしているのでしょう。
それほどにケータイは人間にとて必要不可欠なものになりました。
もちろん、自分もケータイは持っています。

ケータイは確かに便利です。
気軽に他人とコミュニケーションを取れる道具ですし、仕事の潤滑油にもなります。

ですが、最近のケータイはスマートフォンという形にもなりつつ、
あまりに便利になりすぎました。
昔とは違って、音楽が聴けるようになったり、調べ物が楽にできるようになったり、
たくさんの機能がケータイに詰まって、
暇つぶしになるゲームも簡単にできるようになりました。

そのため、人がケータイを制御できていないのではないか?
ケータイが人を操作しているのではないか?と感じる時があります。

多くの人、特に高校生なんかはまるで取りつかれてるかのようにケータイの画面と向き合ってますし、
自分の周りにバリアを貼って、他人から話しかけられるのを拒んでいるかのようにも見えます。

そうなると、ケータイは実際の人との交流を妨げてしまっています。
あくまでケータイを通してのコミュニケーションは人と直接会うことのないネットを通した間接的ものであって、
直接的なものではないと、自分は思っています。
ケータイがコミュニケーションを助けてくれる一種の道具であるのならいいのですが、
あまりにそれに依存するがあまり、直接人と交流できなくなってしまえば、本末転倒です。

ケータイが生活を便利にしてくれるのはいいことですが、
それでコミュニケーションに関わる何かを失ってしまっては意味がない。
いかにして自分でケータイを制御しながら扱っていくことが大事だと思います。
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